2021年2月7日、東京都美術館、『没後70年 吉田博展』

上野の東京都美術館で開催中の吉田博展に行ってきました!今回はこの吉田博展にこれから行きたいなーという人に向けて、予備知識や見どころをお話しできたらなと思います。

見どころや予備知識を動画で見る

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吉田博展見どころ解説

吉田作品の魅力

吉田博という方は、日本の洋画家です。水彩に始まり油彩画の時代を経て、最終的に木版画を手掛けます。今回の展示会では、量で言うと圧倒的に木版画が多かったです。今回来ている200点の作品のうち180点以上が版画でした。版画ってめちゃくちゃ簡単に言うと消しゴムはんこ的な技法だと思うんですが、そうとは思えない精密さと複雑なグラデーションで圧倒されました。

特に素晴らしいなと思ったのは、よくわからないんですが湿度を感じるんですよね。湿った空気とか温度を感じるんです。同じ現場の写真を見てもそんなにリアルに感じないと思うので、絵画や版画ならではの湿度と温度を際立たせる何かがあるんじゃないかなと思いました。本当に渓流の水しぶきだったりとか北インドの割れそうに乾いた空気を感じるんですよ。これって写真じゃ全然伝わらないと思うので、是非上野に足をはこんでいただきたいなと思いました。

版画がわからない

でですね、本当に美しくて虜になってしまったんですが、私自身が版画に対してあまりに疎くて、勉強不足が否めず、1枚1枚の絵の違いを「描いてる題材が違う」ということしか判断できずに消化不良で帰って来てしまいました。会場で見つめながら、どうやってこんな綺麗な絵になるの?湿った空気はどうやって出してるの?ってはてなが大量に浮かんでましたね。

勉強したよヒュウィゴー

ということで、帰宅してからこの安永幸一さんの著書「山と水の画家 吉田博」という本を買い求め、ネットでもいくつか研究ブログみたいなものを読み漁ってですね。あーこういうことだったんだと思えた点がいくつかあるので、私の感想や考察も交えつつ、お話ししていこうと思います!既に展示会に行かれた方も楽しめる内容になってると思うのでぜひ最後までお付き合いください!

吉田博展参考 安永幸一著「山と水の画家吉田博」

まず大きく3つに章立ててお話しします。1つめは山の絵の見どころ。2つめは版画テクニックの予備知識。3つめはオマケの小話という流れでいきたいと思います。

1、山の絵の見どころ

吉田博は風景画を主に描いています。そしてその中でも圧倒的に山の絵が多い!ガチの登山家で、現場に行って山の一瞬の美しい瞬間を実際に見て描くということをした人です。幼い頃から山に入って写生をしていたそうですし、画塾で学んでいる時も九死に一生を得るような険しい山の旅を続けていました。晩年になっても登り続けていたそうです。

展示会でもたくさんの山の絵が見られます。私も剱岳だったりマッターホルンだったりは過去見に行ったことがあり、この突き抜けた空とか冷たい空気とかが蘇るようで非常に感動しました。展示会全体を通しても私は心に残る絵は大体山の絵でしたね。

吉田博マッターホルンの朝

で、山の絵って、たーくさん見ていると「うん山だね!」って感じで目が滑ってきちゃうと思うんですよ(そんなことない?)。日本アルプスに詳しい方はめちゃくちゃ興奮できると思うんですけど、登山をする方でなければ段々わからなくなってきちゃうというか。なので、ここに着目してほしい!ってところをご紹介します。

それは7つ、展望美・裾野美・断崖美・湖水・高原美・山嶺の美・高山植物です。これは吉田博自身の著書である「高山の美を語る」という本の構成なんですよ。これによって吉田博が画家として山の美しさのどこに着目して描いているかという独自の視点がわると思います。先程の本の著書の方はこれ以外にも「渓流美」を挙げてますけどね。

「あ、山の絵だな」ってところから一歩踏み込んで、「展望が美しくて描いたんだな」とか「断崖がすごい山なんだろうな」とかそういう風に思うとより一層楽しめるのかなあと思います。

2、版画のテクニック

版画は、絵を描く絵師・それを木に彫る彫師・色を擦り移す摺師の3役で作ります。江戸の浮世絵版画もこの分業体制でやっていて、伝統的な形です。そこに吉田博は、絵師が最も重要でありすべてを統括するディレクターの役目を担うべきだという考えを持ちます。3人がそれぞれ活躍するのではなく、絵師がすべてを取りまとめるような形ですね。そのため吉田博は自らも掘ったり摺ったりする鍛錬を重ねましたし、彫師にも摺師にも付きっ切りで指示を出し自分の理想の彫りと摺りを追い求めました。その結果、この複雑な版画が出来上がったというわけです。

遠近感と輪郭線

私が面白いなーと思ったのは、吉田博が考案した数々のテクニックですね。まず西洋画の手法をふんだんに盛り込んでいます。伝統的な版画というか日本画ってべたっとしていて遠近感がなく、太い輪郭線ってイメージがあると思うんですよ。でも吉田博の版画はまず絵自体に遠近感が強く出てます。レオナルドダヴィンチが確立したように、遠くの情景は淡い色になっていきます。

そして輪郭線は、ない部分もあるんですよ。帆船の影とか、遠くの山や雲とか、しっかり輪郭線が描かれているものもあれば消えているものもある。渓流という作品なんかはこの渦の複雑さを表すために、渦の描写の中で線が太い部分と細い部分を織り交ぜているそうです。この西洋の特徴を混ぜこぜにする具合が、絵によって違って面白いなと思いました。

吉田博渓流

多擦り

次に擦り方ですが、ここのこだわりによってあの湿度と温度を表現しているんだと思います。吉田博最大の特徴である「多摺り」です。多いものは90回以上摺って色を出しているというのだから驚きですよね。しかも1回で1色というわけではなく、1回の中でも手前は濃く奥は薄くといった表現をしているはずです。途方もない作業量と計画性ですよね。例えば空のグラデーション1つとっても、この美しい色は1回の色では出ません。色のグラデーションを1度置いた上に、また違う色でグラデーションを載せているわけです。空や水面に多用されていますよね。

吉田博朝日

ねずみ版

そして、ねずみ版と呼ばれる影を入れるための版を摺っているのも特徴の一つです。それぞれの物体がべたっとしないように、影の部分だけの版を作っています。このねずみ版だけで30回摺った作品もあるそうで…ただ影ここです!ポン!おしまい!ってわけじゃなく、影の中にもまた濃淡だったり色の違いを表現しているからこそこの深みが出ているんですよね。気付かないほど細かい影の表現であれば淡い光の当たり方を感じますし、砂漠の日差しのようなカッと照り付ける太陽はあえてべたっと陰影を明確にして表現してるんじゃないかなあと思います。

紙質と摺り跡

吉田博が摺り師にオーダーした内容には、紙自体を利用してその質感を出そうというものもあったようです。摺る力の強さなのかわかりませんが、紙の目やざらっとした感じをわざと反映させるとか。これは予測ですが「瀬戸内海集 帆船」の「霧」なんかはそれなんじゃないかな~と思いました。検証しにもう一度行きたいです。こう、霧で曇った感じとか湿度がもうもうと高い感じは紙で出してるんじゃないかなと。そして摺り跡をわざと残すようにして同じくその跡で効果を狙うようなこともあったようです。

吉田博帆船霧

空摺り

あと、多用しているというほどではないと思うんですが、空摺りという手法も使われています。空摺りとは色をのせずにただ板を押すだけという作業です。これは無意味に見えますが素材が紙ですから、その部分だけもこっと盛り上がるわけですね。なので3D的に紙自体に立体感をつけちゃおうという手法です。油絵でも絵具をぼたっと置いたりガサガサっとした質感を出したりすると思うんですが、そういう手法ですね。オウムの絵でわかりやすく使われていました。もさもさっとした翅の感じが空摺りで良く出ています。あと雪一面!みたいな絵でも妙に立体感があって、これも空摺りだったんじゃないかな…もっかい見たい…

色の摺りかえ

吉田博の特徴の一つでもある、摺り変えも美しいです。同じ版で色のバリエーションを変え、時間の流れを表現する手法ですね。西洋画ではモネの積み藁やルーアン大聖堂が有名です。吉田博も日記に「モネはずるい」みたいなことを書いていたみたいなので、モネを見て影響は受けてるんじゃないかなあと思いました。その手法を版画に持ち込んだと。6色刷りの帆船の絵が有名ですが、私はやはり山がいいなあと思いました。マッターホルンは時間によって顔が変わると言われているので朝と夜の光にうっとりです。

吉田博の別刷り

プロの境地

で、これ、同じ木に何度も違う色付けて大丈夫なの?いちいち洗ってるの?それって木が縮んだり色移りしたりしないの?って思ったんですが、それは摺りの技術があれば大丈夫みたいです。というかそもそもそれが無理なら90回以上摺るとかも無理ですよね。木に染み込まず、1回紙に吸わせるだけの量をのせているそうです。摺ったすぐ後に指で触れても色がつかないくらい。このミリ単位の職人技だからこそ何十回も摺りを入れたり色のバリエーションを変えたりできたんですね。

3、小話

自摺り

ちなみに作品の枠外、マージンと呼ばれる部分に吉田博は「自摺り」と入れてます。これは摺り師が機械のように正確に摺ることができる境地だからこそ、それを指示する絵師が摺ったことと同じ。印刷機にかけたようなもの。という理屈で自摺りと入れているそうです。枠外にも注目して見てみてください。

先生からの教え

それ以外にも、テクニックというわけではないんですが、画塾時代の先生から「手前から遠くへ伸びる道を描いて遠近感を出す」と教えられていたそうで、初期の作品にはそういう手法が見られるようです。この画塾生の特徴だとからかわれたりだとか。そして、「風景をそのまま描いたのでは面白くないから何か必ず人物、人生や生活を感じさせるものを描き加えなさい」とも言われていたようです。そう見てみるとこの人物もそういう教えから描き込まれているのかな…と見えて面白いですね。探してみてね!

吉田博の人生

アメリカ大成功

ここまで版画の話をたくさんしましたが、ここで吉田博の人生についても簡単にお話しします。すっご~~~く面白くて、これだけで映画1本できそうなんですよね。展示会でも簡単に説明がありますしここでは多くは語らないんですが、とにかく反骨精神の塊みたいな人です。こうと決めたら突き進む強い志と頑固さ。

若い頃に片道の旅費だけ貯めてアメリカに飛んで「俺はやったるぞー!」って感じで、そのままアメリカで大成功しちゃうっていう。とりあえず美術館行こうとしたら持ってた絵を丸める筒がゲートに通らなくて引っかかって人が出て来て、模写していいかって許可取ったら注意事項を説明されるんだけど英語がわからなくて館長が出て来て、そこで絵を見せてみろってなって見せたら「展覧会をやらないか?」ってなるわけです。凄すぎる、マジのとんとん拍子で痛快です。

この展覧会でめちゃくちゃ稼いだみたいで、小学校の先生の年収の13倍ってんだから…どのくらいでしょう、今の感覚で5000万くらいでしょうか?そこからも各地で展覧会を繰り返し、仲間を増やしてまた絵を売り、額を換算してないですがとにかくものすごい活躍をして一躍日本を代表する画家になったという話があります。

画壇の中心から版画へ

そこからは日本画壇で黒田清輝組と対立する勢力となります。黒田清輝が代表するようなフランス仕込みの明るい絵、印象派っぽい絵が当時大人気で、新しい絵画とされていました。それに対して吉田博は重厚な油絵を描く「旧派」や「脂派」と呼ばれていて、何かと対立していたんですね。今回の展覧会では何点か油絵も来ていたので、この重厚な感じを是非間近で見てみてください。

そこから版画に目覚めるまで、いろんなことがあるわけですが、最終的には50手前くらいで少しマンネリ化というか、やはり新しい波の勢いには勝てない感じになってきて、そこで海外で版画が大流行りしている。でも吉田博的にはそんなに凄い絵じゃないのにこれが日本代表だなんて…となって、版画にきちんと向き合って新しい版画を開発してやる!となりました。すごーくざくっとですけど。ということで、今回は版画メインの展示会でしたが本来は水彩画と油彩画で表舞台に上がった人なんですよね。版画にご興味を持たれた方は、ぜひ吉田博の水彩画と油彩画についても調べてみてください!

吉田博の生きた明治

明治初期っていいよね

ここからは歴史の話になっちゃうので今回の展示会とは関係ないオマケ話です!私がすごーく明治が好きだっていう話です!私は日本史に疎いので戦国も幕末もよくわかんないって感じなんですけど、明治に活躍した人のイキイキとした感じというか、世界に挑戦するやる気とか、それでいて「日本」という母体を凄く意識しているところろかが凄く好きなんですよね。

直前の江戸までは藩がすべてでしたから、「俺は日本人!」ではなく「俺は東京人!」っていう価値観だったわけじゃないですか。そこから日本っていう枠組みにしようってなって、どんな家の子でも努力したら何にでもなれるしなっていいっていう下剋上ルールになって、急に世界と対等になろうとして…というワクワク感。無鉄砲さにロマンを感じます。井の中の蛙大海を知らず、されど海の青さを知るって感じで凄く好きなんですよ。

坂の上の雲

この吉田博も明治9年生まれですから、この「日本人やったるぜ」空気のど真ん中世代なんですよね。九州産まれなので吉田博の反骨精神については「ザ・九州男児」と表現されますけど、私的には明治のこの時期に生まれた天才独特の無鉄砲さや強い意志なんじゃないかなと思います。

で、いやいや明治の空気って何よ?って思う方!には!是非、「坂の上の雲」という司馬遼太郎の作品に触れていただきたいなと思います…!明治維新から日露戦争終結までの明治日本を描いた歴史物語です。小説でももちろんありますけど、おすすめはNHKのテレビドラマ特別番組版です。3年に渡って放送されたという超大作。

坂の上の雲の冒頭に必ず渡辺謙さんのナレーションが入るんですけど、それが明治初期の雰囲気を表しているなあと思うのでちょっと長いですけど引用しますね。私はここに吉田博のことを重ねました。

「明治維新によって、日本人ははじめて近代的な「国家」というものをもった。誰もが「国民」になった。不慣れながら「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者としてその新鮮さに昂揚した。この痛々しいばかりの昂揚がわからなければ、この段階の歴史はわからない。

社会のどういう階層のどういう家の子でも、ある一定の資格を取るために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも官吏にも軍人にも教師にもなりえた。この時代の明るさは、こういう楽天主義から来ている。

彼らは、明治という時代人の体質で、前をのみ見つめながら歩く。登っていく坂の上の青い天に、もし一朶(いちだ)の白い雲が輝いているとすれば、それのみを見つめて、坂を登ってゆくであろう。」

で、タイトルがババーンと出ます。めちゃくちゃカッコよくないですか!!??私は、吉田博が、幼い頃から毎日がむしゃらに描き続けたこととか、九州の田舎を出て新しい技術を学ぶために上京することとか、世界に挑戦しようと後ろ盾もないのに飛び出すこととか、この「明治という時代人の体質」を感じずにはいられません。そこで成功を収めたのにも関わらず50近くになっても進化し続けるために新しい版画を開発するんですから、まさに「前のみを見つめながら歩く」人だと思います。

最後に

と、いうことでですね、まだ吉田博展に行かれていない方は是非!上野に足を運んでみてください。3月末までの会期です。後半は混むので、お早めに!

2月頭に私が行った時点で土日だったので結構混んでいました。1列になってじりじり進みながら鑑賞する感じ。混んでいる場所には係の人から「密にならないように」と注意が入るくらいの感じです。特に前半部分に人が固まっていて、後半はざーっと見てる人が多いのか空いている印象でした。エレベーターで行き来できるので、後半から先に集中して見てもいいかも?

おまけ。吉田博展を見た帰り、さっそく夕焼けのグラデーションが…!こういうの見ると今までターナーを連想してたんですが、この日から「吉田博はこういう景色を絵に残したいと思ったのかなあ」とトリップするようになりました。美術って日々の景色を際立たせますよね。

吉田博展上野の景色

心に残った美メモ

いつもの美術館巡りレポートとは順番が前後してしまったんですが、1番心に残った作品を。

なんと数少ない油絵作品なんですが、冒頭にあった「渓流」に心奪われました。その最初のインパクトが忘れられません。画面いっぱいの瑞々しさ、力強さ、素晴らしいです。コロナで去年山に行けてないこともあります。子供の頃から初めてでした、山に行かない年…泣ける…

吉田博展心に残った「渓流」

戦利品

会場で売ってるかな~?と思って期待していた先ほどの参考図書。安永幸一著『山と水の画家 吉田博』を、会場では売っていなかったのでネットで買い求めました。届いて即読破!一生の年表を追ってくような形なので退屈な部分もあるかなと思いましたが、吉田博の人生自体がめちゃくちゃ面白いので楽しめました。ただ版画に出会ってからがサラッと終わってしまったのが消化不良。本当に最後の章で少しだけという感じでしたし会場で知った知識くらいしか書いてなかったなあ。版画に特化した違う本も買いたくなりました。

という感じで終わります!!

(吉田博の吉は土に口の方の漢字ですが環境依存文字のため吉で記載しています)

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