画家フェルメールの人気の理由について、オランダバロックの時代背景から考察していきたいと思います。

YouTubeで一気に見る

この記事と同じ内容を、YouTubeにあげています!動画で見たいという方はこちらからどうぞ~!本編10分です!

フェルメールの人気

フェルメールは「真珠の耳飾りの少女」「牛乳を注ぐ女」などで有名な、オランダバロック時代の画家です。特に日本人にここ20年ほどでめちゃくちゃ人気で、去年、日本全国全ての美術館・博物館の展覧会のなかで最も来場者数が多かったのは「フェルメール展」でした。2019年No.1!日本で今最も愛されている画家といっても過言ではないです。

フェルメール作品の特徴

フェルメールの絵画は、大きく4つの特徴があると思います。

  • 静かで穏やかな絵
  • 庶民の日常を描く
  • 繊細で密度の高い書き込み
  • フェルメールブルー

これらをまとめて私は、「好感度の高い絵」だと思っています。誰にでも受け入れられて、わかりやすくて、嫌味がなくて、優しくておだやかでずっと見ていられるような絵です。大泉洋みたいな…。この好感度の高さが人気の理由だと思うんですよね。

ではなぜ、好感度の高い絵が生まれたのか。それを私は、個人的にですけど、オランダバロックというものすごく特別な時代が生んだのだと思っています。オランダバロック時代についてご説明しながら、フェルメールの特徴と結びついていく点を解説していきたいと思います。

オランダバロック時代とは

フェルメールが活躍したオランダバロック時代、17世紀のオランダは、オランダ黄金時代を迎えています。当時世界で一番の経済大国だったと言われています。絵画だけでなく科学・軍事力においても高い水準で、世界中に影響力がありました。

私たちが今生きる現代までの世界史で、『覇権』を握った国をあげるとすると、線引きにもよりますが3つあると言われています。1番現代に近い国から言うと、まずアメリカです。アメリカが世界の経済を牛耳っている時代がありました。その前は、イギリスです。世界中に植民地を持っていて、日の沈まない国と言われました。そしてその前が、オランダ黄金時代のオランダです。

イギリス・アメリカについては結構「経済大国だった」というイメージがあるかと思うんですが、オランダってそんなに影響力あったの?って感じだと思います。それはオランダ黄金時代が短くて、50年間しかない点と、その後にオランダという国が世界史の表舞台に出てこないのでそういったイメージがあるのかなと思います。とにかく、事実としてはこの黄金時代、非常に経済的に豊かであり平和な時期だったと認識していただきたいです。(経済や投機の勉強をしている方はチューリップバブルとか聞いたことあるかもしれません。世界で最初のバブルが訪れたのもオランダです)

で、国が豊かになったので、それぞれの市民もお金を持つようになりました。そのため、当時のオランダ人はほとんどの人が中流階級に属したと言われています。ですので、そこが日本人の共感を呼ぶところなのかなと思います。

フェルメールの絵を見ていただくと、家も綺麗で、着ている洋服もしっかりしてますし、結構いい食事をしてたりなんかして、現代の日本に生きる私たちと似たような生活をしていたんじゃないかなと思います。なのでそこが見ていてわかりやすいですし、感情移入しやすかったり共感を呼ぶことで「この絵好きだな~」という気持ちに繋がりやすいのかなと思います。

フェルメールブルー

そして、フェルメールの特徴で挙げたフェルメールブルーについて。フェルメールブルーも、オランダが経済大国だったことに由来してるんじゃないかなと思います。

なぜなら、フェルメールブルーに使われるラピスラズリという青い原料は当時ダイヤモンドより高かったと言われています。そのへんの画家が自由にビャビャっと使えるような色じゃなかったんですね。なのにフェルメールが庶民の絵に惜しげもなく塗っているということは、それだけフェルメールのパトロンがお金を持っていたということになりますし、それはオランダが経済大国だったからというところに起因してるんじゃないかなと思います。

庶民が絵を飾る理由

庶民がお金を持つことで、絵を飾る余裕ができました。なのでどんどん絵を飾り、そして画家は需要に合わせてどんどん絵を描いていきます。その相乗効果で、絵画が大量生産されるようになります。当時のオランダで、平均1家庭10枚飾っていたと言われています(アムステルダムの最盛期は40枚とも…!)。

フェルメールの絵の中でも背景に絵が飾ってある絵があります。それも、その家の人が当然絵が好きだったということもあるとは思いますが、時代的に絵がよく飾られていたと思っていただくと鑑賞が一歩深く?なるのかなと思います。

そして、庶民が絵を飾るようになったからフェルメールのような庶民向けの画家が生まれたというのももちろんあるんですが、庶民向けの絵が増えた理由はもう1つあります。それは、オランダがキリスト教のカルヴァン派の国だったからです。

キリスト教カルヴァン派

キリスト教のカルヴァン派はプロテスタントの一派なんですが、プロテスタントは教会に絵を飾るのが禁止なので、宗教画の需要が落ちていきます。そのため、風俗画や風景画、静物画などが発展していきました。フェルメールもその流れに乗っていますね。

また、カルヴァン派の教義では、質素であることや倹約であること、勤勉であることなどが美徳とされます。そのため、フェルメールの絵でも家の仕事に従事する女性が描かれていたりもします。こういった姿が当時需要があり、オランダの人々に好まれたという背景も理解しておくと面白いのかなと思います。

そしてですね、「バロック絵画と言えばカラヴァッジョのようなドラマチックな絵では?」と思う方もいるかと思います。イタリアのカラヴァッジョに代表されるような、光と影を大胆に使ってドラマチックだったりイリュージョン的なバロック絵画も流行っていました。ですがそれはイタリア方面でのことです。イタリアではカトリックがこのような宗教画で集客しようとしていました。オランダはプロテスタントですし、その流れとは全然違うんですね。同じバロックという名前がついても、地域(宗教)によって全然違う特性があると思っていただきたいです。

密度の高い描写

最後に、フェルメールの特徴であげた繊細で密度の高い書き込みという理由についてご説明します。フェルメールの絵は普通の家庭に飾る用の絵なので、サイズが小さいんですね。でも凄く繊細な書き込みがされていて、本当に見応えのある絵画です。そして本物を近くで見てみたいと思わせる魅力があるので、それが人気に繋がっているということもあると思います。

ではなぜそんな写実性の高い絵を描いたのかというところですが、それはオランダの地域性にあると思います。オランダバロック時代の1つ前、ルネサンスの時代には、オランダのあたりは『北方ルネサンス』と呼ばれる絵画の区分でした。その時代に、油絵が開発されます。ルネサンスというとイタリアのイメージがあるかと思いますが、油絵が開発されたのは北方でだったんですね。ヤン・ファン・エイクの作品が有名です。油絵はそれまでよりも細やかな書き込みができる新しい技法でした。写実性の高い絵が描きやすい技法だったんですね。そのため、オランダ周辺の北方では写実性の高い絵が発展し、それがオランダバロックへ、そしてフェルメールへと繋がっていきます。

と、いうことでフェルメールの絵画の特徴と、その理由をオランダバロックの時代背景からご説明させていただきました。長々と描きましたが最大の理由はやはり中流家庭が多く描かれ共感性が高いことかと思います。

おまけ①カルヴァン派

カルヴァン派について少し触れたので、なぜオランダという国家が覇権を握れたのか?という点について解説したいと思います。(フェルメール関係ないです)

オランダバロック時代より前のヨーロッパでは、キリスト教はカトリックだったんですが、それに対抗する勢力としてプロテスタントが生まれます。宗教改革と言います。そのプロテスタントの一派がカルヴァン派です。カルヴァン派以外のプロテスタントも、カトリックも、基本的に「祈れば救われる」「○○をすれば救われる」といった方針でした。でもカルヴァン派は「もう神が救うか救わないか事前に決めちゃってるから、祈ろうが行動しようが救われるかはわかりません」という考え方なんです。予定説と言います。

当時はキリスト教が凄く権力のある時代ですから、教皇が当然めちゃくちゃ偉いわけです。つまり祈れば祈るほど救われる人が上に立っているような世の中の仕組みになってるわけですね。そして商人は自分で作ったものではないものを横流ししている仕事ということで卑しいと言われていました(日本でも士農工商のランクで1番下に位置づけられています)。

でも、カルヴァン派の考え方でいくと、この構図が崩れます。教皇だからって救われるかはわからないし、どんな仕事をしていても救われる可能性はあると。そこが平等なわけですね。

そのため、オランダはもともと海に接していて商業がやりやすい土地ではありますが、その商人たちがカルヴァン派を信じたがったんですね。そして独立を勝ち取りオランダというカルヴァン派の国ができ、商業が爆発的に発達して経済大国へと成り上がっていきます。

なんていうか、この考え方も今の私たちに「わかるな~」と思わせる一因なのかなと思います。職業に貴賤なしですし、祈れば祈るほどという考え方は多くの日本人があまりわからないところだと思うからです。そこも周り回ってフェルメールの絵画に共感できるポイントなのかなと思ったり思わなかったりします。

おまけ②ややこしい北方

イタリアとオランダのバロックは全く違う文化だよ、と先述したんですが、これはルネサンスの時代からそうです。イタリアルネサンスと北方ルネサンスですね。北方ルネサンスって、イタリアルネサンスのサブ的ポジションでしょ?と思う方もいるのかなと思うんですが、サブなわけではなく対等というか全く違う文化が花開いてたんだよと思っていただきたいです。

なぜ文化が違っちゃうの?って話なんですが、間に北アルプスがどどんとあって行き来しにくいですしヨーロッパ狭しと言えど全く風土も違うので、そりゃあ違う文化が流行るわけですよ。

で、ややこしいんですが北方ルネサンスが興ったのはフランドル地方と言われます。そしてフランドル地方とは、今で言うドイツ・ベルギー・オランダのあたりです。そして昔はベルギーとオランダを合わせて「ネーデルラント」という国でした。ネーデルラントの南がベルギーで北がオランダになったんですね。めちゃくちゃややこしい~~~!!!

「フランドル地方で流行りました」「ネーデルラントの南では」なんて言われちゃうと、一体どこ?なに?ってなっちゃって頭に入らないんですよね。オランダの絵画の流れとかが掴みにくいのはこの辺の用語に馴染みがないからなのかなと思います。余談でした!

おわります!

当サイトについて

当サイトでは、有名絵画を模写したイラストを掲載しています。無断転載OKですので何かに使いたい方はご自由にどうぞ!絵画のリクエストや透過画像が欲しいという方は、InstagramからDMいただけますと幸いです。

Instagramで1日1名画

Instagramでは、名画イラストを1日1枚更新しています!

名画イラストのインスタ

Youtubeで美術解説

Youtubeでは美術についての解説や展覧会のレポートなどをゆるゆるやっています。是非見てみてください~!

美術解説YouTube